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企画明貫紘子

アーカイブ・プロジェクト
「浮遊するアーカイブズ倉庫:愛知県のメディア・アート」
オンライン特別展示:
岩井俊雄『愛知芸術文化センター シンボル映像』(1992年)

UIデザイン/プログラム:林洋介

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プロジェクトについて

本プロジェクトでは、愛知県美術館、愛知芸術文化センターなどに残るメディア・アートに関連する資料をリサーチしてデジタル・アーカイブするウェブサイトを公開します。「ARTEC」を中心に1980年代から2000年代までの愛知県内におけるメディア・アートの動向を追った年表と資料をオンライン上で閲覧することができ、今後も継続して更新していくアーカイブ・プラットフォームです。また、アーカイブサイト上で展開される時報は、1992年の愛知芸術文化センター開館時にコミッションワークとして岩井俊雄によって制作され、現在も人々が行き交う場所で上映され続けています。コロナ禍においても時を共有する時報として機能します。

クレジット

企画:明貫紘子

UIデザイン/プログラム:林洋介

アーカイブ・プロジェクト
「浮遊するアーカイブズ倉庫:愛知県のメディア・アート」

資料提供:森茂樹、愛知県美術館

協力:岩井俊雄

資料スキャン:山田写真製版所

アシスタント:城所豊美、中川恵理子、西谷さやか(映像ワークショップ)

オンライン特別展示:
岩井俊雄『愛知芸術文化センター シンボル映像』(1992年)

資料提供:愛知県美術館

企画協力:中村史子(愛知県美術館)

企画者コメント

浮遊する資料

デジタル・テクノロジー普及の移行期にあたる1980年代から90年代は、その変化がダイナミックであったことに好景気が重なり、新しいテクノロジーが創り出そうとする未来への期待とメディア・アートへの関心が高まった時代でもありました。そのため、日本国内では東京のみならず、地方でも万博会場やフェスティバルなどでビデオ・アートやメディア・アートが活発に紹介されました。

メディア・アートは、同時代性の高いテクノロジーや素材を使うことが多いため、物理的に短命で、コンセプトを理解するためには制作当時の社会的/技術的背景に関する知見を求められる場合があります。そのような特徴から、メディア・アートの多くはコレクションや再展示される機会が少なく、多くの作品が忘れ去られようとしています。さらに、1980年代から90年代に開催されたメディア・アートを扱った主要なフェスティバルは打ち切りになっているため、その重要性にもかかわらず関連資料の保管と公開が困難な場合があります。

もうひとつの保管場所

本プロジェクトでは、このような資料を「浮遊するアーカイブズ」と呼び、もうひとつの保管場所としてオンライン空間を創出することを目的にしています。メディア・アートにまつわるフェスティバルや展覧会などさまざまな出来事を軸にして、その歴史を俯瞰しながらデジタル化が可能な資料をオンライン公開していきます。そして、メディア・アートの記憶を作品ではない別の形態を通してオンライン上で継承しようとする試みです。

愛知県におけるメディア・アート

1980年代初頭から、名古屋市内で国内外のビデオ・アートを紹介するギャラリー *1 がありました。そして、華やかなメディア・アートシーンの幕開けは、中日新聞社、東京新聞社、そして、山口勝弘が中心メンバーであった「グループ・アールジュニ」が共催で1986年に松坂屋本店で開催した「ハイテクノロジーアート国際展 '86:電・脳・遊・園」 *2 に見出すことができます。

さらに、1989年には「世界デザイン博覧会」の一環で開催された「名古屋国際ビエンナーレARTEC(アーテック) ‘89」と同時期に、「ナムジュン・パイクのロボット家族展」(名古屋市美術館)や「世界最新のホログラフィ:時と空間のイメージ」展(名古屋市科学館)がオープンしました。以降、「名古屋国際ビエンナーレARTEC(アーテック)」は1997年までビエンナーレ形式で全5回継続しました。それに並行して、名古屋市内のギャラリーや愛知県美術館、名古屋市美術館、愛知芸術文化センターでもメディア・アートに関連するイベントが行われました。とりわけ、中日新聞社がメディア・アートを支える地元の企業の一つとして重要な役割を果たしました。

1999年、メディア・アートの中心は名古屋港ガーデンふ頭20号倉庫の「アートポート」へ移ります。同年に「メディアセレクト」が結成され、同グループが主催した展覧会「MEDIASELECT ‘99」がアートポートのこけら落としでした。同展覧会シリーズは、「10年間にわたった『アーテック』への、いわばアーティストたちからの返礼のようなものとして始まった」 *3 とある通り、ポスト・アーテックを引き受け、その後10年にわたり、メディア・アーティストの発表の場を提供したと同時に若手作家や研究者の育成に寄与しました。

  1. *1ギャラリーU「山本圭吾個展」(1978年)/「カナダからの11のビデオ作品」(1980年)、スペース to スペース「山口良臣ビデオ展」(1984年)、名古屋国際文化センター「フランスからのビデオアート展」(1986年)など。
  2. *2同展は、1985年から1988年にかけて東京や名古屋、札幌などで開催された展覧会シリーズで、名古屋には「ハイテクノロジー・アート国際展 '86:電・脳・遊・園」(1986年)と「ハイテクノロジー・アート国際展 '87:エレクトロファンタジー光・動・音」(1987年)が巡回した。
  3. *3「電子芸術国際会議 2002名古屋[往来]メディアセレクト2002 ドキュメント」電子芸術国際会議2002名古屋実行委員会、2003年、p.4

作家プロフィール

岩井俊雄いわい・としお

メディアアーティスト、絵本作家。1962年愛知県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。大学時代に実験アニメーション制作を始め、驚き盤やゾートロープなど19世紀の映像玩具を立体的に発展させた作品『時間層II』で第17回現代日本美術展大賞(1985年)を受賞。その後コンピュータを使った作品制作へ移行し,国内外でインタラクティブな作品を多数発表する。アルス・エレクトロニカ・フェスティバル(オーストリア)インタラクティブ・アート部門グランプリ、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門大賞、芸術選奨文部科学大臣賞ほか、数多く受賞。また、『ウゴウゴルーガ』などのテレビ番組のキャラクターやCGシステムのデザイン、ニンテンドーDSのアートソフト『エレクトロプランクトン』、三鷹の森ジブリ美術館の映像装置を手がけるなど幅広い領域で活躍する。ヤマハと共同開発した音と光を奏でる楽器『TENORI-ON』は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に永久所蔵されている。2008年以降は、娘との手づくりおもちゃをきっかけに絵本制作にシフトし、現在は子どもたちのユニークなアイデアを引き出すワークショップにも力を入れている。著書に『岩井俊雄の仕事と周辺』(六耀社、2000年)、『アイデアはどこからやってくる?』(河出書房新社、2010年)、絵本に『100かいだてのいえ』シリーズ(偕成社、2008年〜)、『ゆびさきちゃんのだいぼうけん』(白泉社、2016年)など。

企画者プロフィール

明貫紘子みょうかん・ひろこ

筑波大学芸術専門学群総合造形コース、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)卒業。ドナウ大学大学院メディアアートヒストリー修了。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員を経て、「メディア・アートの記録と保存」に関する研究に着手。2013年からinter media art institute Duesseldorf(imai、ドイツ)の客員研究員として、2018年より愛知県立芸術大学非常勤研究員として、ビデオ・アートやメディア・アートのアーカイブに関する研究プロジェクトに従事。金沢美術工芸大学非常勤講師。映像ワークショップ(https://www.eizo.ws)共同代表。

コラボレーター
プロフィール

林洋介はやし・ようすけ

情報科学芸術大学院大学修了後、広告制作会社、ゲーム会社を経てフリーランスのUIデザイナー・プログラマーとして活動。2018年に株式会社HAUS(https://h4us.jp)を共同設立し、Web開発やインタラクティブな展示物の制作に関わっている。

関連施設・場所

愛知県美術館 外観写真

愛知県美術館

名古屋市・栄の愛知芸術文化センター内に位置する美術館。20世紀の優れた国内外の作品を中心に、日本近世・近代絵画や茶道具、仏教美術、書、考古遺物などからなる木村定三コレクションや、現代美術作品までを扱う、総合的なミュージアム。
名古屋市東区東桜1-13-2
https://www-art.aac.pref.aichi.jp/index.html

愛知芸術文化センター 外観写真

愛知芸術文化センター

圏域最大の芸術文化の拠点施設。大小ホールやクラシック音楽向けコンサートホール、美術館、アートライブラリーなどを擁し、幅広いジャンルの活動や企画展示などを展開している。
名古屋市東区東桜1-13-2
https://www.aac.pref.aichi.jp/index.html